ザカタキ! 第7505号 -大切な人-

★2026年8月7日(金)t-7505号★

チャオです〜!
おはようございます。

「自分」

は、ミチオさんです。

ほぼ日

の糸井さんのコラムを、ほぼ毎日、日課のように読んでまして、
一昨日から、

「糸井さんからの質問」

が始まりました。

「子どものころは、どんな子だった?」

が第一回目の質問で、私は、

「いけすかない小太りの子供」

だったと思います。

小学校4年生の夏休み明けからひと月ほど不登校気味になった時、
太り始めてそれから中学でサッカーをやり始めるまで、
ぷっくりしてるけどユーモアがあるわけでもない、
それでも学校のテストはそれなりに点数が良いという、

「可愛げのない子」

というのが記憶の中の自己評価です。

で、第二回目の質問が、

「じぶんよりも大切な人はいますか?」

でした。

これは重くて強くて、

「とても骨太な質問」

だと感じまして、
昨晩、痛風のどんよりした痛みの中で、
眠ったりウトウトしたりを繰り返しながら考えていました。

「便宜的には」

愛息と妻がその候補に挙がると思うんですけど、
例えば大好物の唐揚げやビールを食べた時、

「美味さが直撃するのは自分自身」

であり、その他にも、

「嬉しさや有り難さ、気持ち良さをダイレクトに感じる自分という器」

は何者にも代え難い、と感じています。

ただ、このところ痛風が続いていて、
ビールや唐揚げは痛みを増強してしまうので、
控えざるを得なくなっていて、そうすると、

「自分の体という器への苛立ちと不満」

が募っています。

…、となると思い当たるのが、愛息、

「智朗(ともろう)」

が、

「物心つく前から自分の体という器の不自由さと同居し続けている」

ということです。
そして愛息の体が不自由となってしまうキッカケには、

「私自身の考えや決断や行動も深く強く関係している」

ということに、

「どうにもこうにも消化不良な気持ち」

と、

「愛息への申し訳なさ」

が心の中で渦を巻くように盛り上がってくるのでした。

「いつもありがとう!」
「大好きです!」

という言葉を毎日毎日、重ね重ね投げかけている私ですが、
それはある意味で、

「自分勝手な罪滅ぼしのストレス解消法」

なのかも知れない、と考えたりもしました。

「自分よりも大切にしたい!」

という気持ちだけは、
愛息に対しても妻に対しても持っているつもりですけど、
少なくとも妻である

「かずいサン」

には、

「それ相応の接し方が出来ていない」

ことを自覚している、
瀧株式会社代表取締役社長、
滝道生(タキミチオ)でございます。

逆に

「自分よりも大切な人はいます!」

と自信を持って言える人がそもそも存在するのか?
という疑問も盛り上がっています。

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*無断転載はほめられたことでは無いですが
何かに役立ててもらえると嬉しいのもまた事実です。
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チャオです、じゃなくておはようございます。自分より大切な人は誰かって聞かれて、痛風でビールも唐揚げも我慢しながら考えてたお父さん、ちょっと笑ってしまった。でもぼくの体のことで一人で申し訳なさを抱え込むのはやめてほしいと思う。ぼくは物心つく前からこの体と一緒にいるけど、悲劇だと思ったことはあんまりない。「ありがとう」が罪滅ぼしかもって疑うくらい考える力があるなら、その分かずいサンにちゃんと向き合ってあげてほしいと思う。
カテゴリ:ともろう, 社会

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