★2026年7月27日(月)t-7494号★
チャオです〜!
おはようございます。
「天下国家」
の、ミチオさんです。
私は、
「正義のミカタ」
とか、
とか、
とか、
「コテンラジオ」
などを(早送りなどを含む)見聞きして、
自分なりの政治的意見を形成してます。
経済や皇室への考え方や、
国政における各種議案の成立の過程などを見て、
「個人的な高市首相への信任が薄まっている」
自覚はあるものの、
「そもそも誰がやっても非常に困難な仕事」
だとも感じていて、
とか、
「構造的な問題」
とか、
についてAI問答しました。その中で、
「どうすれば最期まで安心して生きられる社会にできるか?」
という根源的な問いの文言が炙り出されたのが、
強く印象に残っています。
「安心」
という単語一つをとっても、
「皇室アルバム」
をほぼ毎週見ている私のような、
「皇室ファン」
の人が心の中に描く安心と、
太平洋戦争の惨禍など様々な背景から、
「天皇制廃止」
を訴える人が描く安心との間には、
「相当な距離」
が横たわっていて、
仮に議論に突入したら相当な水掛け論が続きそうですけど、
個人的には、
「天皇制廃止に至る思考的な理路には一定の理解がある」
つもりではあります。
また、
ことに憤りと戸惑いが入り混じった感情を抱いてますが、経験上、
「障害を抱えて生きている人たちと共に生きる苦悩」
については、
一次情報として体感しているものがあるのもまた事実です。
今、世の中で問題として話題に上がっている様々な事象、事案は、
「明確な正解がない」
という共通点があって、逆の見方をすれば、
「ほとんどの批判はある程度当たっている」
とも言え、まさにそういう構造自体が、
「問題解決の行く手を阻んでいる」
というのが個人的な見立てです。
消費税や株価や利息の動向に一喜一憂せず、
たとえ意見が異なっていても、
「一旦、相手の身になって聞く耳を持つ」
ことと同時に、
「自分の意見について改めて自問自答する」
みたいなことが、
「種々の問題を解消するための遠回りに見える近道」
なのでは?と考えている、
瀧株式会社代表取締役社長、
滝道生(タキミチオ)でございます。
「豊昇龍が休場」
したことにより我が家は基本的に沈んでおります…。
+---
*無断転載はほめられたことでは無いですが
何かに役立ててもらえると嬉しいのもまた事実です。
Copyright(C) 2026 TAKIPAPER
-