★2026年7月3日(金)t-7470号★
チャオです〜!
おはようございます。
「できない」
ミチオさんです。
小学校や中学校で、
「ペーパーテスト」
があって、その採点結果によって、
「できる、できない等のラベリング」
が恐らく今も、普通になされてると思います。
私は小中学校の頃は、
取り立てて勉強しなくても何故か答えが分かる、
という感じの、いわゆる
「できる」
部類に入る、今思えば
「周囲から見たら鼻持ちならないタイプの人」
でしたけど、高校生になったら急に、
「答えどころか授業が全体的に分からない感じ」
になり、
授業時間に居眠りしてる確率が激増した、
という経験があります。
なんとか大学には入学できて、
卒業もできましたし、
新卒で就職もしましたので、
「一旦就職するための間口を広げる」
という効果が、
学歴というか学校生活における連続的なペーパーテストの成績に、
一定程度はあると思いますが、
色んな場所で働いたり、
様々な経験を重ねてきて感じるのは、
「学校教育過程のペーパーテストの成績は
人生を構成する色々な要素のほんの一部にすぎない」
ということです。
なので、小中学生の人たちをペーパーテストの成績で、
「できる」
等とラベリングするのは、
「人生全体をペーパーテストの出来具合で推し量れるような勘違い」
に誘導しそうなので、
やらない方が良いと思う、というような話題で、
ここ数日盛り上がってました。
あとですね、
仮にペーパーテストによって、
出来る、出来ない、的な、
「包括的な峻別をする」
としたら、愛息や支援学校に通ってる生徒さんとかは、
「とっても出来ない」
みたいな区分けをされる事になりかねず、
「それはアカンやろ!」
というような個人的な思い入れが強いんだとも思います。
「学歴的にはスーパーエリートで司法の中枢を司ってきた人がとんでもない非道に及んでる事例」
も実際にあるわけで、AIの進展と浸透に伴い、
「公共機関の採用や人事において抜本的な基準の見直しが必要不可欠」
だと個人的には感じていて、その動きと並行して、
「学校のペーパーテストの出来不出来に一喜一憂しない!」
態度が市民生活に浸透していかないと、
結局、社会生活の中での不正とか汚職とか人権軽視は少なくならないのでは?
という意見を持っている、
瀧株式会社代表取締役社長、
滝道生(タキミチオ)なのでした。
「学歴ではなく教養を重視する仕組み」
が圧倒的に足りてない、と感じています。
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*無断転載はほめられたことでは無いですが
何かに役立ててもらえると嬉しいのもまた事実です。
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