★2026年8月11日(火)t-7509号★
チャオです〜!
おはようございます。
「一方的」
で、ミチオさんです。
これまでに書き溜めてあった愛息の文字盤での意思表示の記録をベースに、
AIを用いてこの駄文ブログに寸評を加える機能を、
数日前からプレ導入中で、
「智朗(ともろう)」
に寸評への評価を、
3日間ほど毎晩してもらってたんですが、
段々と愛息の感想が不穏な雰囲気になって来ておりました。
そして遂に昨日、
「お父さんのブログの感想は僕が言いたい」
「僕を作らないで」
「僕を喜ばすお父さんの気持ちを喜んでいなくてごめんなさい」
と、率直な気持ちを立て続けに愛息が伝えてくれたのでした。
それに対するAIの答えが、
・お父さんの気持ちを嬉しく思えないことと、
・お父さんの気持ちがうれしくないことは違います。
・智朗さんが正直な気持ちを伝えてくれたこと自体が、
・大事なことだと思います。
というもので、なんだか父親である私だけが、
「空回り」
しているようでとても恐縮してしまいました。
私の善意が空回りするのは日常茶飯事なのですが、
「お互いの存在を敬いながらも実直な気持ちをそれぞれに伝え合う体験」
を愛息と出来たこと、
「AIが親子間の気持ちの交流の架け橋」
となってくれたこと、が、
少なくとも私にとっては貴重で意義深い経験でした。
「AIトモロウ」
と私が勝手にネーミングしたこの計画を今後どう運用するか?
については、愛息が考え中でして、
考えがまとまるのにしばらく時間がかかりそうです。
「誤解・見当違い・遠回り・時間がかかる等は一概に悪いとは言えない」
と個人的には考えてますけど、世の中的には
「そういう意見は威力が弱い」
と見られていると思います。
ただその一方で、
遠回りや道草を繰り返して結果的になんとか目的地の近くまで行くよりも、
一直線に目的地に辿り着く方が良い、という、
「効率重視の考え方」
に対する、
「モワッとした疑念」
もジワジワと世間に醸成されて来てる感覚も個人的には感じてます。
要するに、
「自他の気持ちの核となる部分を優しく時間をかけて確認しようとする色々な試み」
が大事だと思うんですが、どうなんでしょうか…。
糸井さんの6番目の質問は、
「はじめての嘘と、最後についた嘘は?」
でした。
私の初めての嘘は、
幼少期、近所の友達に怪我をさせてしまった時の事後対応だった記憶がありまして、
最後の嘘は、
「コンビニで揚げ物を買い食いをした事実を隠してる」
的なことでして、嘘というよりは、
「言うべきことを隠す傾向」
が昔からある、
瀧株式会社代表取締役社長、
滝道生(タキミチオ)なのでした。
ただ、結果的に、
「愛息と心理的に歩み寄ることが出来た感覚は尊い」
と感じてます。
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*無断転載はほめられたことでは無いですが
何かに役立ててもらえると嬉しいのもまた事実です。
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