★2026年7月8日(水)t-7475号★
チャオです〜!
おはようございます。
「公共的」
に、ミチオさんです。
というポッドキャストを聴きました。
「教育」
というなんとも広範な分野について、
「塾に入って入試で高得点を目指す層と、
教室での勉強全般が苦手で且つ増加基調である学習困難層との
乖離傾向に解決策はあるのか?」
という疑問を、
身近な親族の修学の経路や里親活動を通じて触れ合ったお子さんたちの状況を、
総合的に俯瞰しながら感じてましたが、
「格差を「個人の努力の差」と切り捨てるのではなく、
子どもの特性や環境に応じた複数の学びのルート(選択肢)
を社会が保障することが、乖離を埋める最も有効な手段となります。」
とGeminiさんは言ってました。
との私の質問に対する答えは、
なかなか真に迫っている感覚を抱きました。
勉強を頑張って立派な大学に入って、
高い報酬を長期間にわたり得続け、
それなりの資産形成し次の世代にそれなりの筋道をつけられたとて、
「その人が幸福かどうか?とはやや別の話なのかも?」
と私は感じていて、
「その人が属している社会がそれなりに平和かどうか?」
も、その人の幸福をかなり左右すると思います。
「想定外と板挟み」
という単語がポッドキャストの中で強烈な印象を残しましたけど、
それなりの資産や地位や基盤を確立したとて、
「想定外のとんでもないピンチ」
は起こり得るわけで、
そのピンチは金銭で解決不可能なものも存在し得ます。
要するに、
「困った時に助けてくれる誰か何か」
言い換えるならば、
「セーフティネット」
なのかも知れませんが、そういうものが
「社会的に一定程度機能している状況」
が、個人の幸福にとっても重要な要素を果たしている、
と個人的には考えます。
なので、
「公共」
という考え方は、個人や社会の幸福を大きく左右すると思ってますし、
「誰しもが一定程度、何かしら公共に貢献すべし」
的な、公共心が社会の中でちょっとずつ低下し、
その代わりに個々人の私心が肥大化しつつある風潮を、
緩やかに退潮させるべし!と私は考えてます。
というわけで、取り急ぎ
「公共の教科書」
を注文しましたところの、
瀧株式会社代表取締役社長、
滝道生(タキミチオ)なのでした。
「お客様は神様ではなく人間です!」
と、きっぱりと言い切りたい気持ちです。
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*無断転載はほめられたことでは無いですが
何かに役立ててもらえると嬉しいのもまた事実です。
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