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2007年09月26日
炎のランナーコーチ歴史を変える。
毎年必ず行われる、甲子園の高校野球大会。
昭和59年8月8日、夏の甲子園の開会式で満天の空に響き渡る晴れやかな選手宣誓をやってのけたのが、私の実家の近所にお住まいの
坪井 久晃(つぼい ひさてる)
氏だったのでした。
独断と偏見に基づく、
の音色が似合う漢(おとこ)ランキングにおいて他の追随を許さないどころか、むしろ更に引き離し続けているのが、この
坪井 久晃(つぼい ひさてる)
氏なのであります。
昨年夏、甲子園で福井県代表の福井商業高等学校が、ハンカチ王子こと斎藤 佑樹投手属する早稲田実業学校と対戦することが決まった8月13日、目下のライフワークでありますところの
において、私が小学校5年生の時ホームランバスに揺られていった現地で直接耳にした、福井商業高等学校野球部主将、
坪井 久晃(つぼい ひさてる)
氏の、熱く壮快な選手宣誓のことを書きましたところ、
約一年が経過したついこの間、関西学院大学で
選手宣誓の研究
などをされている、
から
「実は、ザカタキを見まして、是非とも坪井さんに直接会ってインタビューしたいのですが…」
という電話がかかってきたのです。
早速、嬉々として勢い込んで坪井さんに連絡を取りまして、めでたくそのインタビューが実現する運びとなり、先週末陣内教授が福井にやって来られたのですが、
私も、しな〜っと、そのインタビューに混ぜてもらった次第なのです。
↑炎の主将、坪井さん…右
↑選手宣誓の文言や態度の変遷を切り口に日本文化の経年変化を探る、陣内(じんのうち)教授…中央
↑膨らんで見えるのはレンズのせいだと信じてやまない、私(レコーディング・ダイエット中)…左
上がインタビュー終了後、解散前にみんなで撮った記念写真でして、
↑こちらがインタビュー用紙。
私のお節介な演出によりまして、インタビューは大和田にあるそばの実さんで、おろしそばの上にさらにエビの天ぷらが乗っかった、
↑“六甲おろし”
というそばを頂きながら執り行われました。
戦後、日本の文化や意思伝達の方法の移り変わりの大きな流れを、
甲子園の選手宣誓の際の態度や文言
を手がかりに分析しようと試みる
陣内教授の着眼には感心させられるばかりなのですが、
とにかくいろいろと甲子園関連のことに通じていらっしゃるので、
何よりも高校野球が好きである
ということがじわじわと伝わってくる、
心地よいインタビューだったと思われます。
ま、私は坪井さんの隣で会話を聞いていただけなんですけど…。
で、そういう選手宣誓の歴史的、様式的な大きな流れという点では、とにかく戦後は
「センセイーーッ!!、我々ーーっッ、選手ーッ、イチドーわァっー!」
的な、怒ったような大声で一本調子に
がなりたてるスタイル
が一般的であり、長い間おしなべてそういうスタイルが続いていたらしいんですが、そういう流れの
転機
になったのが、まさに坪井さんの選手宣誓であり、
坪井さんの選手宣誓以降は自己表現や宣伝要素の混じった文言を含む、やや
長文のスタイル
が台頭してきて現在に至っている模様であります。
じゃあ、そもそも坪井さんの選手宣誓というのはどういうものだったのか?と申しますと、
我々、選手一同は第66回全国高等学校野球選手権大会に臨み、 若人の夢を炎と燃やし力強く逞しく、 甲子園から大いなる未来に向かって正々堂々と闘い抜くことを誓います。
昭和59年8月8日、選手代表、
福井県立福井商業高等学校野球部主将、坪井久晃
↑という、今となってはむしろ
短くてあっさり目な印象
すら漂ってくる内容なわけで、
やっぱり思い出や印象というのが、時の流れとともに美化される傾向は否めないんでしょうねぇ…。
ただ、炎のチーム(福井商業高等学校野球部の愛称)よろしく、そばの実さんの六甲おろしによって煽られた我々の思い出話の怪気炎は、
↑福井新聞社本社窓口にて当時の新聞記事を探し出し、
↑ついには福井商業高等学校野球部グラウンドに乗り込み、地元で名声を馳せる
北野野球部監督と一緒に記念写真を撮っちゃうぐらい、
獰猛に燃え盛った
のでありました…。
実は私の母校坂井中学校には、当時野球部はありませんでした。
私より7つ歳上である坪井さんは、野球への強い思いとコペルニクス的発想により隣町の三国中学校へ進学し、中学3年生の時は4番でキャッチャーを任せられるに至りました。
そして県下にその名を轟かす強豪、福井商業高等学校に進みまして、
自然と周囲から推されて主将になったものの、たまたま一つ上の年代が思うような成績を残せなかった時期で、ひときわズッシリとした精神的肉体的な重荷を背負いつつ晴れて夏の甲子園の代表校の座を勝ち取り、歴史に残る輝かしい選手宣誓をやってのけたのです。
こんな青少年見たことない!
ですよ。
私は、今でも坪井さんの選手宣誓を思い出す度に、
の旋律が脳内に流れてきて、その度に込み上げてくるものを押さえ切れずに目頭が熱くなってしまいます。
思えば、松井秀喜選手にせよ、イチロー選手にせよ、周囲の人達からしたら
見たことない青少年
だったに違いないわけです。
そんな青少年たちが一同に会する甲子園という舞台はやはり素晴らしいし、何よりもそういう高校野球大会の大会歌の名前が、「栄冠は"俺が戴く"」とかではなく
であるところに日本人的な美意識が脈々と感じられ、自分はただの傍観者なのに、なんだかもの凄く誇らしい気がしてならないのであります。
昨年、福井商業高等学校野球部の北野監督の還暦を祝うパーティーの時、
福井商業高等学校野球部オールタイムベストメンバー
が発表されたらしいのですが、並みいる名手を押さえて
坪井さんが見事にベスト三塁コーチに選出された模様です。
そんな坪井さんに
↑甲子園の土
をいただいてしまったのでありました。
坪井さんを筆頭に、ご関係各位の皆々様、本当にありがとうございました。
投稿者 michivic : 2007年09月26日 19:02
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